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医療法人社団鉄祐会理事長で医師の武藤真祐先生。オンライン診療ツールYaDocを提供する株式会社インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長でもある。東大病院、三井記念病院にて循環器内科に従事後、宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年医療法人社団鉄祐会祐ホームクリニックを開業。2015年シンガポールでTetsuyu Healthcare Holdings Pte, Ltd. を設立。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科臨床教授。日本医療政策機構理事なども務める。
二つ目のセッションは基調講演として、介護の現場とは切っても切れない在宅医療・遠隔医療の最先端の取り組みについて、医療法人社団鉄祐会理事長の武藤真祐先生にお話をいただきました。国内でも有数の規模で在宅医療のネットワークを広げながら、ICTを活用した最先端の遠隔診療の仕組みとサービスを構築しておられる武藤先生が、詳しい内容まで踏み込んで、超高齢社会を見据えた在宅医療、遠隔医療、健康管理の将来像について俯瞰してくださいました。
基調講演をいただいた武藤先生は、今、医療や介護のジャンルで最も注目を集める在宅医療・遠隔医療のフロントランナーです。東京大学医学部附属病院(東大病院)や三井記念病院などで循環器内科として医師のキャリアをスタートされ、2004年から2年以上、宮内庁で当時の天皇陛下の侍医を務められたことでも知られています。
その後、医療の現場が抱える構造的問題を解決するために、敢えて異分野である大手コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーに入り、問題解決の経験とスキルを積まれた後、在宅医療の世界に身を投じられました。2010年には医療法人社団鉄祐会「祐ホームクリニック」を開業され、今では都内に4カ所、宮城県石巻市に1カ所、合計5拠点で約60人の医師と共に約1400人の患者に在宅医療を提供しておられます。同時に、オンライン診療ツールYaDoc(ヤードック)を提供する株式会社インテグリティ・ヘルスケアの代表取締役(会長)を務めながらオンラインによる遠隔医療の拡大を進めておられます。既存の医療の限界を打ち破り、超高齢社会の新しい医療ジャンルを切り開くパイオニアのお一人です。
●従来のやり方では、在宅医療は早晩立ちゆかなくなる
冒頭で武藤先生が示されたのは、高齢者を訪問医療する現場を映し出したビデオ映像でした。寝たきりの母親を横にして、訪問医療の「先生がいなければ看きれないと思う」とか「私たちの時はどうなるんだろう」などと不安を口にする老齢の女性。別の一人で暮らしている高齢女性は「たった一人の家族」というペットのカメを抱きながら「他界する時はどんな病気かと不安に思う」と語ります。現実を生々しく映し出す映像に、会場の皆さんが一瞬、息を吞む気配が伝わってきました。誰もが超高齢社会の現実と、介護や医療の現場が抱える多くの問題を強く感じたのではないでしょうか。
武藤先生は、「在宅医療の本質は患者さんに安心を持っていただき、ご自宅でなるべく暮らしていただくこと」と考え、在宅医療の世界に身を投じられましたが、その一方で、思った以上に在宅医療が広がっていないと指摘します。
その理由はやはり24時間の体制を敷かないといけないということにあったと武藤先生は続けます。患者さんから連絡があった時には24時間いつでも対応しなければいけないのが在宅医療です。武藤先生も1人で在宅医療をスタートされた時には「24時間自分で電話を取って行くという体制だったのでなかなかこれをやり続けるということは正直困難でした」と当時を振り返ります。「古典的な在宅医療では、医師が看護師さんと一緒に患者の元へ訪問します。ところが、これではなかなか続かない。医師が非常に苦労しますし、だんだん医師も高齢化していくので1人で24時間やっていくということが相当大変になってくる」と武藤先生。今では他の医師もいるため、当時ほどではないそうですが、それでも従来のやり方のままでは大変だという認識です。
在宅介護の現場を映したビデオ映像。寝たきりの母親を看る老齢の女性。訪問医療に来てくれる先生がいなければ看きれないと思うと語る。
●ICTを取り入れて、チームで動く
その中で新しい動きが出ています。二つあって、一つはいわゆるICT(Information and Communication Technology)の活用であり、もう一つはオンライン診療です。
一つ目のICT活用というのは、いわゆるパソコンやスマートフォン(スマホ)、ソーシャルネットワークシステム(SNS)などを中心とした情報通信技術を駆使して在宅医療を進めていこうというものです。このICTを核に情報共有をしながら、医師を中心に看護師や介護の人を含めて1つのチームで在宅医療を進める考え方です。訪問のスケジュールから患者さんの状態などを訪問医療・介護に関わる人全員で共有していく動きを指します。
武藤先生は「われわれも石巻で地域包括ケアのチームを作ってやって参りましたが、患者さんにこういう問題があったということをチームで情報共有することが進んでいます。皆さんも今LINEですとかFacebookですとか、いろいろ使っていると思います。こういったものを在宅医療で使ってやっていくことが各地域で進んでいるのです」と現在の進化の状況を俯瞰して伝えてくださいました。
武藤先生の講演スライドから。在宅医療におけるICT活用。
●さらに、オンライン診療という動きが加わる
もう一つの重要な流れがオンライン診療の進化です。武藤先生は、今、医療の現場に横たわる次の三つの課題を挙げて、オンライン診療の重要性を説明してくださいました。
<今、医療の現場にある三つの課題>
①コミュニケーション(ちゃんと伝えられない)
②アクセシビリティ(なかなか通院できない)
③アドヒアランス(医師の指示に従わない)
一つ目のコミュニケーションの問題について、武藤先生はたとえ通院できていても医師と患者の意思疎通は難しいものがあると指摘します。「医師と患者が互いに向かい合って喋る時間は正直、ほとんどないと思います。医師も電子カルテに向かってカタカタと処方箋を入力したりする時間が忙しいですし、皆さんも採血に行って、結果を何となく横を向いて座っている先生に聞くということになります。お薬をいつものように出しておきますというケースがほとんどじゃないかと思うんですね。つまり、コミュニケーションや情報の共有、そういうものが今の医療制度の中ではできていないんですね。これが1個目の課題です」と武藤先生。
二つ目は、高齢化に伴って通院自体が難しくなるアクセシビリティの悪化です。武藤先生は「独居であるとか高齢化していくと、そもそも医者の所に行くのは大変だということになります。医者から行けばいいじゃないかというのが在宅医療ですけれども、やっぱり医者側も夜中に行くのは大変なわけです」と語る。医師も高齢化が進めば次第に訪問することが難しくなるという状況も説明されました。
三つ目は医師が出した治療方針にきちんと従わないという問題です。これは専門用語でアドヒアランスとかコンプライアンスと言われるもので、武藤先生は「医師の決めた治療方針に従っていただくことは重要なんですが、そこは人間なので、良くなってくると薬を飲み忘れたり、スキップしたりとか、いろいろあります。病院行くべき時に行かなくなったり、決まったようにできればそれは苦労しませんが、そこを変えていく必要があります」と語ります。
武藤先生の講演スライドから。オンライン診療の仕組みで「かかりつけ強化」ができることを示す。
●制度化されたオンライン診療、要件を満たせば診療報酬も
こうした問題に対して力を発揮するのがオンライン診療です。昨年、制度化され、医療側にとっても使いやすい状況が出来てきました。武藤先生は、「今の政権は医療のICT化を非常に重視していて、オンライン診療が2018年の4月に制度化され、診療報酬が付くようになりました」と語ります。
武藤先生が進めているオンライン診療は「YaDoc」というシステムを使ったものです。
「われわれが福岡市で医師会と共に作ってきたのがYaDocというシステムです。何ができるかというと、オンラインの問診、いろんなものとつながって様々なモニタリングができ、診察もできます。医者に何か伝えたいことをスマホで問診に答えておいていただく。もしくは、やはりスマホで日常的に症状を入れていただく。そういう仕組みです。医師は自分の画面で診ていなかった1カ月間の情報がわかります。また、いろいろな問診を取れるし、血圧とか体重、食事の記録もわかります。これで、医師と患者さんが離れていても診療できるようになりました」と武藤先生。さらに、画面を示しながら説明を続けます。
「これは医師と患者さんがオンラインで話しているところですが、見ていただくと、医師は画面で患者さんの情報を見ながら診療できます。一般的な診療では医師もカルテを見てすべて思い出せるわけではないのでスポットの情報を見て話すわけなんですが、そういうことはなるべくあってはいけないので、こういうオンライン診療の場合にも、患者さんの情報をきちんと見た上で話す仕組みを作りました」
武藤先生の講演スライドから。オンライン診療では遠隔地でも互いに動画を見ての診療ができるため、患者も安心できる。医師も患者さんの情報をきちんと見た上で話すことができる。
●退院後のサポートにも使えるように進化
武藤先生はこのオンライン診療の仕組みをさらに一歩進めて、退院後のサポートにも使えるように進化させようとしています。
「ここまでのものがバージョン1.0だとしたら、さらに疾患管理に生かそうということで今やっているのが、次のものです。皆さん心不全という病気を聞いたことがあると思います。心臓が悪くなっていく最終的な状態が心不全ですが、こうなった時にはだいたい水分や塩分を取り過ぎて状態が悪くなって入院します。入院をして決められた塩分濃度の薄い食事を食べて利尿剤とかで水を排出して良くなり、退院します。ところが、お家に帰って好きなものを食べてまた悪化させてしまう。こういうことを繰り返すのが心不全で、だんだん症状が戻らなくなります」(武藤先生)。
武藤先生が考えているのは、「退院後にきちんとモニタリングをして、もし状態が悪くなるようだったら早めに見つけて介入できるようにする仕組み」です。
「発見をして、介入をする。悪くなりそうだったら、早めにアラートを出して、ちゃんとした食事を守って欲しいとか、こうなったら早めに病院にかかってくださいとか、そういうふうに見守っててくれる仕組みを作って今いろいろな病院で臨床研究をしているところです」と武藤先生。
「最近では、腕時計型の血圧計で24時間血圧を測れたり、アップルウォッチのように不整脈を検出できる機能が付いたものが出てきたり、患者さんの状況を常にモニタリングできるツールも増えています」と、武藤先生がイメージされている退院後のサポートプログラムがだんだん現実のものに近づいて来ているようです。
武藤先生の講演スライドから。YaDocを使って心不全患者を退院後サポートするプログラムのイメージ。
●企業も社員を守るために動き出した
さらに、武藤先生は、従業員の介護離職を防ぎ、従業員と家族の健康を守るためにYaDocが使われている事例についても触れられました。
サントリーホールディングスが、YaDocを活用して、社員の家族(後期高齢者)が在宅で診療を受けられる仕組みを2018年10月から導入し始め、40歳未満の生活習慣病予備群の社員に対するオンライン保健指導もスタートさせています。前者は、遠隔地に住む社員の後期高齢者の家族が、タブレット端末などを使って、在宅のままかかりつけ医に診てもらえるオンライン診療の仕組みで、家族の通院負担と社員の介護負担の軽減を図ったものです。
武藤先生はこの取り組みについて、「サントリーでは社長の新浪さん(サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長新浪剛史氏)とは前から仲が良かったこともあって、導入していただいたのですけれども、新浪さんは社員を守ることをとても考えていらして、特定保健指導を一定の年齢の人だけでなく、生活習慣が悪い人は30代でも生活習慣がおかしくなっているので、早めに介入しようという取り組みです。それをオンラインでやろうということで、オンラインでの保健指導の導入をYaDocを使ってしていただいたり、後は社員のご両親に対してオンラインで医療を提供できないかという、介護離職をさせないようにご両親の健康を守りたいということで導入されたりしました」と語ります。
<サントリーホールディングスが社員を守るために導入した仕組みの概要>
(同社ホームページの内容から)
●サントリーの社員の高齢家族へのオンライン診療について(同社ホームページから抜粋)
・導入時期:2018年10月から福岡市・名古屋市などエリアを限定して導入後、順次拡大
・対象者:以下を満たす社員・配偶者の両親(後期高齢者)
(1)遠隔地に住む後期高齢者
(2)介護が必要等、通院への負担が大きい場合
(3)オンライン診療の諸条件を満たす場合
診療者:対象者のかかりつけの医療機関
内容:タブレット端末を使用したオンラインでの保険診療
●サントリーの40歳未満の社員へのオンライン保健指導について(同社ホームページから抜粋)
導入時期:2018年10月
対象者:生活習慣病予備群の40歳未満社員
指導者:株式会社インテグリティ・ヘルスケア提携の保健師・看護師・管理栄養士
●睡眠時無呼吸症候群などにも対応
このほか、武藤先生が重視されているものに睡眠時無呼吸症候群があります。英語ではSleep Apnea Syndrome と言われるもので、その頭文字をとって SAS(サス)と略されます。先生は、オンラインを使ってSASの検査や自宅医療につなげる取り組みについても触れられました。
「もう一つわれわれが大事に思っているのは睡眠時無呼吸症候群でして、これは実際には約2割の方がなっています。ご存じのようにいびきがうるさくてこの症状が発覚したりします。要は睡眠中呼吸が長いこと止まっている症状です。何が問題かというと、睡眠がしっかり取れていないために、日中に眠気があったりですとか、場合によってはトラックとかの非常に痛ましい事故を起こしたりします。高血圧とか糖尿病のリスクになるとも言われていて、慢性の生活習慣病の1つなんですね」(武藤先生)。
「SASが疑われる人は6人に1人という状況にあり、死亡率は一般の人に比べて2.6倍高いとか、交通事故の発生率も7倍とか、隠れたリスクであることがわかっています。ところが、これは一般の検診にはありませんから、なかなか見つからないというのが現状です。われわれはここをなんとかしたいということで、自宅でスクリーニング検査を簡単できるようにして、検査後、医療機関、精密機関を受診していただく必要がある人にアナウンスをして治療につなげるということをしています。できるだけ負担がかからないように、こういうことをリモートでやろうと、オンライン診療の仕組みを使って提供することを始めました。
武藤先生の講演スライドから。実はリスクが高いSASへの備えに対してもオンラインの仕組みを活用。
●医療プラットフォームとして発展させる
講演の最後に、武藤先生は、こうした在宅医療や遠隔医療の現場においてICT活用やオンライン診療の仕組みを使っていくことの意義と可能性の大きさ、さらに医師によるサービスの重要性について次のように語られました。
「このように遠隔医療を受けられる仕組みがこれからますます広がっていくことは間違いありません。社員の働き方が流動化して行くような時代の中で、いろいろなことがリモートでもできます。それをきちんと提供していくということが社員の方を守っていくことにつながっていくのではないかなと思っています」。
「われわれとしては最終的にはやはり、患者さん、それから従業員の人を含めて、健康を守っていくという時に、忙しい時間の中でも少しでも何かできないかと。たとえば、検診の結果のご説明とかですね。いろいろなサービスを導入されているところもあると思いますが、ますますこういう時代になってきて、こういうサービスは増えます。とはいえ、粗悪なものがあってはいけないので、きちんとした医師によるサービスがあったらいいと思っています」。
武藤先生は講演の最後に、「在宅医療は、家に住み続けたいと思っている患者の方々に医療を届けたいという気持ちからスタートしましたけれど、そこには限界があって、物理的・空間的な制約を取っていくにはどうしたらいいか。それがオンライン診療であり、オンライン診療を始めたら、患者さんだけではなくて、一般的に健康と思われるような方たちに医療や予防を届けるにはどうしたらいいか、そのような形で進んでいます。これからますますICTが医療の世界に入っていくので、ぜひ皆さんもお考えいただければと思います。私からのプレゼンはここで終わらせていただきます。ご清聴どうもありがとうございました」とまとめられました。
在宅医療・遠隔医療の現場で何が起こり、どのように進化しているのか、最先端の状況を密度高く紹介していただいた武藤先生に、会場から大きな拍手が起こりました。
武藤先生の講演スライドから。ICTやオンライン診療を活用した医療プラットフォームのイメージ。
【イベントレポート③】「企業人事に今、何ができるか」は近日中に公開いたします。
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